漫才コンビ「中田カウス・ボタン」として、長年にわたって上方漫才界で活躍した中田ボタンさん。
そんな中田ボタンさんの若い頃がどんなだったか気になります。
そこで今回は、中田ボタンさんの若い頃の画像や、アイドル漫才と言われた時代、相方の中田カウスさんとの出会いについてもまとめました。
【画像】中田ボタンの若い頃は?
中田ボタンさんの若い頃の写真を見ると、かなり印象が違います。

若い頃はスーツではなく、Tシャツにジーンズだったんですね。
図書館で「吉本興行 百五年史」借りてきた。
— 大月オオカミ (@akiramaito) September 9, 2021
むちゃくちゃ分厚いけど、写真が一杯で見応えあり。
中田カウス・ボタンが若い頃、アイドル並みの人気があったらしいけど、この写真を見てちょっと納得。自分が子供の頃に見てた二人はもうオジサンだったからな。 pic.twitter.com/AvGg6uAqGO
当時、漫才師としては、かなり奇抜なファッションだと思います。
こんなところも、若者に人気があった理由かもしれません。
年代を感じさせるスタイルですね!
中田ボタンの若い頃は「アイドル漫才師」
中田ボタンさんの若い頃は、「アイドル漫才師」と呼ばれていたそうです。
当時の漫才師は、おそろいのスーツ姿で舞台に立つのが一般的でした。
そんな時代に中田カウス・ボタンは、ジーンズやトレーナーなどのカジュアルな服装で舞台に登場します。
吉本興業は、若手時代の2人について「トレーナーとジーンズで舞台に立ち、若い世代をターゲットにした漫才でアイドル的な人気を博した」と紹介しています。
中田ボタンさんの若い頃は、漫才師のイメージを変えるようなスタイルで注目を集めていたんですね。
相方・中田カウスとの出会いについて
中田ボタンさんは20歳で大阪へ出て、バーテンダーとして働いていた中田カウスさんと知り合ったとされています。
ボタンさんはカウスさんの働いていたバーの常連客だったそうです。
漫才師に憧れていたカウスさんに誘われ、2人はコンビを結成します。
当時、漫才コンビといえば、お揃いの背広を着ることが定番だった時代に、ジーンズとトレーナーで登場しました。
また、髪の毛も長髪だったそうです。
このスタイルと、女子高生などの若者層をターゲットにしたネタ作りによって、コンビはアイドル並みの人気を博しました。
追っかけが発生した漫才師の第一号と言われているそうですよ!
そんなに人気があったんですね。
中田ボタンは若い頃から漫才の実力も評価されていた!
「アイドル漫才」という言葉から、人気先行だったと思われることもありますが、若い頃の中田ボタンさんは実力面でも評価されています。
■ 中田カウス・ボタン
— 冗談絵巻 – JODAN EMAKI – (@3vMaFkTDSortYAl) June 4, 2020
1967年結成。結成当時は揃いの衣装が定番の時代にジーパンとトレーナーを舞台衣装に、女子高生をターゲットにした漫才で"アイドル漫才師"の先駆けとなる。1991年・2001年・2005年には最も敬意のある漫才賞「上方漫才大賞」を3度受賞を果たした。@retoro_mode pic.twitter.com/yAkKGVkcCJ
中田カウス・ボタンは、1971年の第6回上方漫才大賞で新人賞を受賞しています。
さらに、上方漫才大賞では1991年、2001年、2005年に大賞を受賞しています。
若い頃は若者からアイドル的な人気を集めましたが、その後は上方漫才を代表するベテランへと成長していきました。
まとめ
【画像】中田ボタンの若い頃!アイドル漫才時代や中田カウスとの出会いについてもと題してお届けしました。
中田ボタンさんの若い頃は、若者からアイドル的な人気を集めていました。
20歳で大阪へ出てバーテンダーとして働いていた頃に中田カウスさんと出会い、1960年代後半からコンビとして活動を開始。
当時の漫才師の定番だったスーツ姿ではなく、ジーンズやトレーナーなどのカジュアルなスタイルで舞台に立ち、若い世代をターゲットにした漫才で注目を集めました。

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