グレート義太夫さんといえば、ビートたけしさんの弟子として「たけし軍団」のメンバーとなり、バラエティー番組などで活躍した芸人として知られています。
一方で、グレート義太夫さんはお笑いだけでなく、ギターやドラム、キーボードなどを演奏する音楽好きとしても知られ、俳優やミュージシャンとしても活動していました。
2026年9月7日に67歳で亡くなったことが所属事務所から発表され、改めてこれまでの人生や若い頃に注目が集まっています。
今回は、グレート義太夫さんの若い頃の画像や、たけし軍団時代に入ったのはいつなのかについてまとめました。
【画像】グレート義太夫の若い頃!
グレート義太夫さんの若い頃の画像を見ていきましょう。

一時は体重が120㎏もあったそうです。

力士と間違われることもあったそうですよ。
グレート義太夫さんは、若い頃ドラムをやっていて、大学時代は音楽サークルでバンドを組んでいたそうです。
その頃は、プロミュージシャンを目指していたということなので、かなり本格的にやっていたんですね。
グレート義太夫さんの叩くドラムは、迫力ありそうですね!
グレート義太夫はいつたけし軍団に入った?
グレート義太夫さんは1983年にビートたけしさんに弟子入りし、たけし軍団のメンバーとして活動するようになりました。
もともとビートたけしさんのファンだったグレート義太夫さんは、弟子入りを志願します。
弟子入りの際、ドラムやギターが演奏できる経験を買われ、たけしさんのバックバンド「シークレット・ポリス」のドラマーとして加入することになりました。
当初はバンドのメンバーとしての参加でしたが、独特のキャラクターや風貌が買われ、そのまま「たけし軍団」のタレント・芸人として活動を開始しました。
その後「グレート義太夫」の芸名を与えられ、『オレたちひょうきん族』や『スーパーJOCKEY』などの人気番組で活躍することとなりました。
芸名の由来は、当時プロレス界で活躍していたプロレスラー「ザ・グレート・カブキ」さんです。
名付け親である師匠のビートたけしさんが、義太夫さんの当時の風貌がグレート・カブキさんに似ていたことから命名しました。
その際、同じ日本の伝統芸能つながりで「カブキ(歌舞伎)」の部分を「義太夫」に置き換え、「グレート義太夫」となったとされています。

ちなみに、グレート義太夫さんは『オレたちひょうきん族』の懺悔のコーナーで、懺悔の神様として出演していたブッチー武者さんとよく間違われたそうです。
確かによく似てますね。
まとめ
【画像】グレート義太夫の若い頃!たけし軍団に入ったのはいつ?と題してお届けしました。
グレート義太夫さんの若い頃は、ドラマーとして音楽活動をしていました。
1983年にビートたけしさんに弟子入りしましたが、最初はバックバンドのドラマーとしてでした。
その後、独特のキャラクターや風貌が買われ、そのまま「たけし軍団」のタレントとして活動を開始しました。
2026年9月7日に、グレート義太夫さんが亡くなったと所属事務所から発表がありました。
ご冥福をお祈りいたします。

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