【画像】グレート義太夫の若い頃!たけし軍団に入ったのはいつ?

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グレート義太夫 若い頃 アイキャッチ
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グレート義太夫さんといえば、ビートたけしさんの弟子として「たけし軍団」のメンバーとなり、バラエティー番組などで活躍した芸人として知られています。

一方で、グレート義太夫さんはお笑いだけでなく、ギターやドラム、キーボードなどを演奏する音楽好きとしても知られ、俳優やミュージシャンとしても活動していました。

2026年9月7日に67歳で亡くなったことが所属事務所から発表され、改めてこれまでの人生や若い頃に注目が集まっています。

今回は、グレート義太夫さんの若い頃の画像や、たけし軍団時代に入ったのはいつなのかについてまとめました。

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目次

【画像】グレート義太夫の若い頃!

グレート義太夫さんの若い頃の画像を見ていきましょう。

グレート義太夫の若い頃1
出典:https://ameblo.jp/gidayu/entry-12952790957.html

一時は体重が120㎏もあったそうです。

グレート義太夫の若い頃2
出典:https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/279195

力士と間違われることもあったそうですよ。

グレート義太夫さんは、若い頃ドラムをやっていて、大学時代は音楽サークルでバンドを組んでいたそうです。

その頃は、プロミュージシャンを目指していたということなので、かなり本格的にやっていたんですね。

グレート義太夫さんの叩くドラムは、迫力ありそうですね!

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グレート義太夫はいつたけし軍団に入った?

グレート義太夫さんは1983年にビートたけしさんに弟子入りし、たけし軍団のメンバーとして活動するようになりました。

もともとビートたけしさんのファンだったグレート義太夫さんは、弟子入りを志願します。

弟子入りの際、ドラムやギターが演奏できる経験を買われ、たけしさんのバックバンド「シークレット・ポリス」のドラマーとして加入することになりました。

当初はバンドのメンバーとしての参加でしたが、独特のキャラクターや風貌が買われ、そのまま「たけし軍団」のタレント・芸人として活動を開始しました。

その後「グレート義太夫」の芸名を与えられ、『オレたちひょうきん族』や『スーパーJOCKEY』などの人気番組で活躍することとなりました。

芸名の由来は、当時プロレス界で活躍していたプロレスラー「ザ・グレート・カブキ」さんです。

名付け親である師匠のビートたけしさんが、義太夫さんの当時の風貌がグレート・カブキさんに似ていたことから命名しました。

その際、同じ日本の伝統芸能つながりで「カブキ(歌舞伎)」の部分を「義太夫」に置き換え、「グレート義太夫」となったとされています。

グレート義太夫とブッチー武者
出典:https://ameblo.jp/gidayu/entry-10307512023.html

ちなみに、グレート義太夫さんは『オレたちひょうきん族』の懺悔のコーナーで、懺悔の神様として出演していたブッチー武者さんとよく間違われたそうです。

確かによく似てますね。

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まとめ

【画像】グレート義太夫の若い頃!たけし軍団に入ったのはいつ?と題してお届けしました。

グレート義太夫さんの若い頃は、ドラマーとして音楽活動をしていました。

1983年にビートたけしさんに弟子入りしましたが、最初はバックバンドのドラマーとしてでした。

その後、独特のキャラクターや風貌が買われ、そのまま「たけし軍団」のタレントとして活動を開始しました。

2026年9月7日に、グレート義太夫さんが亡くなったと所属事務所から発表がありました。

ご冥福をお祈りいたします。

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管理人のまりぃです。

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